当時、がん保険の団体募集にあたり、保険会社による代理店向け営業研修においては、ロープレというものがあった。そのなかに、7分間話法というトーク例もあった。がんの罹患率やかかる治療代の目安、公的保険でカバーできる部分とできない部分などを柱に、誰にでも罹患の可能性があり、公的保険で賄いきれない自己負担分を少しでも軽減するために、月々数百円で備えられるというストーリーだ。更には、若いうちから加入していて使わずに解約すると、返戻率もそれなりに高く設定されていたため、給与天引きの財形貯金みたいな感覚で始める人が多く、みんなで入れば怖くない的な日本人にはピッタリの勧め方になっていた気がする。

とは言え、いくら台本のようにトークを覚えたとしても、緊張しながら棒読みのように話すのと、表情や目配り、身振り手振りを交え、質問をなげかけるように一人一人に笑顔で話しかけるのとでは天地の差があるのは当然だ。それまで散々人との接触を避けてきたうえに、日常的にほとんど自分からは会話をせずに過ごしてきた自分と違い、日頃から積極的に人とのコミュニケーションを心掛けている先輩にとっての営業トークは、日常の延長線上で会話をしているようなものだった。だから、自然に溶け込んで相手の関心に関心を向けながら、自分が言いたいことを言うというよりは、相手から質問が出てくるように話を振っていく感じなのだ。

結局は、かしこまった台本通りの言葉では伝わることはなく、ほぼ最初の5秒か10秒で聞いてもらえるのかが決まるのだ。そのためには、身なりや所作振る舞い、表情は勿論、聞く価値がある話であることを相手に合わせて自分の言葉で投げかける必要があるのだが、それが出来れば苦労は要らないのだ。最初から出来るワケがなく、出来ないからどうすれば出来るのかを考えるしかないのだ。それは当たり前だが、場数をこなすしかないのだ。場数をこなすにも、闇雲にこなすのではなく、兎に角、先輩の真似が出来るように、あらゆる面を観察することを意識した。服装やカバン、姿勢、歩き方、資料の配り方、立ち位置、口火の切り方、笑いを誘う話題の選び方、質問のタイミング、キーマンとのやりとりなどなどだ。

ただ、複数人を相手に場を盛り上げていても、話しの展開に付いていける人ばかりではなく、付いていけない人、全く興味を示さない人などに分かれてくることもあるのだ。先輩一人で全員に対応するのは物理的に困難なため、ただ観察しているワケにはいかず、相手の表情から関心度や疑問の有無を察知することも求められていた。先輩はトークを展開しながらも、疑問が有りそうな人が居ると素早く察知して、質問を投げかけることで全員で疑問点を共有して、それに応えることで答えも共有するなど、保険の団体営業の手本を示してくれていたのだが、私には到底出来そうにない魔法であることに、変わりはなかった。

By hb

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