事業運営の血液とも言われるお金が循環しなくなると、様々な歪みが生じるものだ。社長が会社に居ると取引先からの催促に対応せざるを得なくなるが、無い袖は振れないタイミングでは、雲隠れするしかなかったのかも知れない。それでもアチラコチラに金策で奔走していたようだった。たまに会社に来ると、それなりのお金を置いていくのだった。それで各種支払いを済ませようとするも、それでも足りないとなると、給与の支払いが遅れてしまうのだ。
ただ、目を掛けてくれていたからか、私の給与が遅れることはなかったのだ。全員に一気には払えない場合、優先的に支払ってくれていた事自体は、本当に有難かったのだが、かえって他の人より優遇される事が申し訳ないというか、気まずい感情に苛まれるものなのだ。一時的であれば致し方ないものの、中々改善の兆しが見える事がなかったのだ。
事業の中核を担うサービスを提供する仕事であれば、売上に直結するため、無くてはならない存在になる。ただ、私の仕事はあくまでもサービス提供の補助、サポートであり、バックオフィスでの事務的、管理的なものであったため、売上に直結する訳でもなく、元々他の人がしていた仕事だったのだ。つまり、いくらでも代替可能な仕事だったので、状況を俯瞰すると、自分が抜ければ自分の給与分ぐらいは会社もラクになるだろうという発想が出てくるのも不思議ではなかった。
そう思い始めると、比較的動き出すのは早いのがせっかちな自分の性分というか、再びリセットすることばかりを考えて、タイミングを見計らっていた。元々独立を志していたこともあり、会社に骨を埋めるつもりであった訳でもなく、当面の生活資金を得ながら起業を模索しつつ、腰掛程度だったはずだ。それでも相当に手厚い優遇を受け、目をかけていただき、好きなように仕事をさせてもらっているうちに、いつの間にか情がわいてしまうのも人間なのか、中々言い出せなかった。それでも意を決して伝えて結局は去ることになったが、最終退勤時に挨拶する時には目から汗が止まらず言葉にならなかった。