当時、日本の生命保険加入率は9割を超えていて、今も減少したとは言え、9割弱程度を維持するほど、日本における生命保険の加入率は他国に比しても非常に高いのだ。だから、全く初めて加入するという所に行くことがほとんどなかった。何かしらの保険に入ってはいるが、保障対象の隙間を埋めるような第3分野の商品を提案していた事や見た目の保険料が低廉であった事もあり、定年退職後の悠々自適な高齢者の方々には病気への不安を和らげるものとしてはフィットしたのだろう。
営業成績の事だけを考えるのであれば、事前にほぼクロージングをしているので、可能な限り滞在時間を少なくして多くの件数をこなせるようにすれば、効率的に成績が伸びるのだ。その一方で、お客様が高齢者である事も関係するが、比較的時間にも余裕のある方が多く、特に一人暮らしになっている方だと、余り滞在時間が短過ぎると何だか寂しそうなオーラを感じる事もあったのだ。普段は1日中誰とも話す事がない日々を過ごしている方にとっては、営業での訪問とは言え、話し相手が来る特別な日になるのだ。その事が徐々に気になるものの、根っからのコミュ障がネックとなり、中々滞在時間への工夫をする事ができなかった。
ただ、人によってはこちらの都合を全く気にする事なく一方的にしゃべり続けられる方もいらっしゃり、ひたすら聞き役に徹しているだけであるものの、それだけでスッキリした感じでおいとまできる事もあり、聞くだけでいいならそれほど難しくはないかもと思えるようになったのだ。ただ、先に話を聞いてしまって契約を後回しにすると、契約の事が気になってしまい真剣に耳を傾けられず本末転倒になるので、まずは淡々と契約関係を済ませるようにした。すると、次の時間の事だけを気にすればよく、前もって何時頃には出るという目安を伝え、それ迄の間で話しが好きそうな方には質問を投げかける事で話したい事を話してもらうようにした。
当時私が30代前後の働き盛りであると同時に、高齢のお客様からすると、息子より少し下の世代という事になるが、ほぼ息子のような扱いで色々とお話をしてくれていた。逆にこちらからすると、親と同じか少し上の世代の方々とのお話しは、互いに世代間差異を意識するまでもなく、自然体で接する事ができた気がする。そうしているうちに、それまでは会社が主力とする第3分野商品を事前に電話でクロージングした商品しか契約してもらわない営業スタイルから、お客様が元々加入している保険証券を引っ張り出してきて、「これってどうなの?」という感じで意見を求めてこられる機会が増え、徐々に営業スタイルに変化の兆しが出てきたのだ。