わずか1年ほどではあったが、社員を抱えながらも独立FP会社における保険代理店を運営し、その間に社労士事務所も立ち上げ、どちらに重心を置くのかを考える間もなく両立を目指していた。特に保険代理業は、生保も損保も代理店委託契約において数字の基準が厳しかった。複数の保険会社に登録する乗合代理店でもあったため、FPとして複数の会社商品から最適なものを提案することを謳い文句にしている以上、偏った提案をする訳にはいかないのだが、結局のところ商品種類により選択すべき会社が決まってしまうのだ。そうすると徐々に会社が絞られていき、それ以外の会社はブランド力があっても販売機会が減る一方では成績基準を満たせなくなり、廃業を求められることになるのだ。

その後数年間は、社労士業務と絡めて退職金制度の構築に保険商品を利用したり、役員のための労災補償に活用したりしつつも、どうしても数字がキツイ場合には廃業させないために自己契約で凌ぐこともあったが、毎月来る締切日のたびに切羽詰まった感覚を覚え、次第にどちらに向いて仕事をしているのか疑問を抱くようになった。FPとしてお客様のライフステージに添ったライフプランと、その中でのリスクを明確にしていただき、そのリスクを公的保障でカバーできる部分とカバーできない部分に分けて、カバーできない部分だけを民間の保障で備えるという考え方自体はFPなら誰でもできることだ。問題は、民間の保障で備えるものを保険料の安さだけに注目すると、最安ばかりの会社に絞られてくることになる。年齢によって会社がバラツクこともあるし、途中解約時の返戻率を加味するとまた違った結果が出る場合もあるが、どうしても会社に偏りが出てくることになるのだ。

更に、手数料のことや成績達成基準まであとわずかみたいな状況まで考え出すと、真にお客様のための提案をすべきところがグラつき兼ねず、FPの理念である顧客の利益最優先が守られないことになり兼ねないのだ。元々社会人を保険代理店からスタートさせていたため、経験業務を起業することで有利な借入をすることができたこともあり何とか続けていた。ただ、矢張りFPと名乗る以上、自らが保険を販売することでコミッションを得ているというのは、矛盾や無理があることを痛感し、苦渋の決断として保険代理店は全て廃業することにしたのだ。ある程度の次年度コミッションがあったので、他代理店に売却することもできただろうが、当時はそこまで頭が回らなかったのだ。

そんなこんなで、コミッションを得ない真の独立FPとしての再出発をするとともに、社労士業務にも力をそそぐ両立を目指して孤軍奮闘することにしたのだ。ただ、FP会社としての方向性は、当時まだ有料相談のみのニーズは少なく、そのニーズを喚起するだけの知恵と工夫に乏しく、時間を割くことも難しく、個人顧客から法人顧客へシフトすることを考えたのだ。一人FP会社で個人顧客と一対一の関係だけで黒字化するには、単価を相当上げるか、人数を相当必要とせざるを得ないのだ。そこで、社労士業務ともリンクする法人顧客であれば、月単位でそれなりのフィーが得られる可能性があり、そこに目を向けたのだ。

By hb

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